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脱出

タイトルはファーストガンダムの最終話から。


色々ありまして、恐らくは過去にかかった病気のうち、三つは再発しているのであろうな、と認識しております。神経性胃炎、腸炎、適応障害。
どれも明日死ぬとかではないので(笑)。

お盆休みは皆様いかがお過ごしでしたでしょうか?僕は12日深夜から思いつきで金沢に墓参りに行って参りました。
第3京浜から甲州街道、調布から中央道を通り、甲斐…じゃない甲府・諏訪を越えたあたりで信越へ。日本海に出てから北陸道を金沢へ。早朝には到着しました。

僕の実家は弟が4代目をしており、折り合いが弟とかなり悪く、命日等に僕は呼ばれません。現実に一週間まえには母やその知人と弟たちは墓参りに来ていますが、僕は後から他のルートでそれを聞きました。まあ、いまさらなんですが(苦笑)。

すんごい暑くて死にそうでした。兼六園いったあたりで疲れ果てまして、物産館で買い物してから片山津の宿へ。この宿も着いた朝に旅館組合に電話して取った宿で、当たり外れがこわかったんですが、当りのようでした。
夕食はあまりの量に食べきれず(苦笑)、横になった瞬間に徹夜の反動で意識を失い、気づくと朝でした。

翌日は何故か急遽海水浴(!)。なぜ(笑)?
橋立という場所で、すいてるしきれいだったんで文句はありませんでしたが。

帰りは南下して琵琶湖をかすめ、東名で横浜まで。

3泊4日(車中2泊)でしたが、1300キロ走って思ったのは、年をとったな、と(苦笑)。
学生時代、地方の大学だったので休みや何かあれば往復1300キロ超は最低限はしり、4年で20万キロ以上走ったのですが、そんなに疲れることなかったんです。就活時期の面接が仙台で昼からあったときも、寝坊して朝っぱらから全開でJRの乗車時間に勝ったこともあるのですが。悲しい現実ですね(笑)。


高速で今回のようなコースを走っていると、「そうか、ここから南下して景勝が…」「この付近に真田安房が…」「ここら辺が秀吉の最初の領地かあ」「この山を越えて総見院(信長のことです)は京へ向かったのかあ」とか、車中寝息だらけの中、一人で静かに思いを馳せる時間って貴重だし、必要なんだなあと痛感しました。

皆様もたまには無計画な旅行もいかがでしょうか。



コメに返事を出さず、お詫び申し上げます。

まっちさま
またお子さんの姿見に行きます。

デイジーさま
頼りがいのあるコメントありがとうございました。

雷神さま
休みにイデオンとパトレイバー、全話クリアしました。

リボンさま
またおのろけ聞きにまいります。

姉さま
ご心配ばかりかけてごめんなさい。ちゃんと生きてます(笑)。またエッチな話を楽しみに遊びにいきます





7月も終わりですね

 皆様にご心配かけております。

 少しばかり精神的に落ち着いてきたので、リハビリ(そんな大したもんではありませんが)をかねて更新します(おいおい)。


 まだ、他の皆様のところにコメのこせるまでには至っておりませんが、またお邪魔して言いたいこと言って立ち去る生活に早く戻りたいと思っております(ある意味無責任で極悪だなあ・苦笑)。


 暑さがきつくなっております。皆様お身体ご自愛のほど

てんぱってます

忙しいのと、プライベートがごたごたしすぎて、ちょっとダウンしてます。
しばらくしたら復活するつもりです。

ナーバスブレイクダウン

 すこしばかり偏見に満ちて小難しい理屈屋の独り言です。

 自分の生活や娘たちの日常、それが永遠に保障されたものではないんですが、最近、自分がそれに対して直視しない傾向になりつつあることに気づきました。
 定期的に、というか、一定期間安定したペースの生活が続くとそうなるので、気をつけてはいるのですが、乱発する突発イベントで、処理がいっぱいいっぱいになってしまい、またぞろなってます(苦笑)。

 知人に、「知識はあっても、無駄にしてるよね」、昔よく言われました。原理や概念をかじってもそこから先の技術を学ぼうとしないから、だそうです。反発もし、拘泥もしたりしましたが、あたる部分が多いだけに、笑うしかありません。

 前置きながくなりましたが、僕は人以外のものと戦争を死ぬまで続けていくのだろうな、と。

 あ、まだ想像と現実の世界の区別はついてますのでご安心を(苦笑)。

 生活をし、お金を稼ぎ、周りを養い(養いきれていませんが・笑)、子供たちを育て、仕事をこなし、そしていなくなってゆく。そういう戦争です。

 昔、剣は青銅でした。鉄になり、鋼になって、今の刃物は昔になかった材質です。
 銃も、丸い弾が先込めから後込めになり、弾も尖り、連発式になりました。今では薬莢もない弾が主流になりつつあります。

 戦争を賛美するつもりも正当化するつもりも毛頭ありませんし、争いごとはだいきらいです(笑)。ただ、そこに生きていくための(生活とか)何かがかかっているわけですから、その点は戦争と同じではないのかなと考えます。

 ならば、時代にあわせた武器を身につけなければかてないのだろうな、と。そして、使う自分がちゃんと使えるようになっていなければ、生き残れないんだろうな、と。


 また状況を認識しなおすことからはじめたいと思います。

 さ、また明日も戦争だ。



泣くという行為をどうとらえるか、最近考えます。

先週ぼろゾーキン状態になり、少し復活しましたが、なぜそうなったか考えてしまいました。

結論

泣いていないから。



うそだーと、言われるかもしれませんが、泣くという行為は脳内のストレスをリセットする作用が多分にあるそうです。

まー泣く状態にもよるのでしょうが(苦笑)。

条件反射のように泣くのは、いくつかの曲が耳に入るとだめですね。今まで泣きすぎたからかもしれませんが、本当に一時期ラジオも聞けなくなってしまいました。だって、いつその曲がかかるかわかりませんからね。

プリプリの「M]、SPEEDの「ホワイトラヴ」(そこ!笑わないの!)、中島みゆきの「ファイト」等々…。



とどめはマッキー


「遠く遠く」はイントロでだめです。


まさしく走馬灯のように(死んでないから)学生時代の記憶が溢れかえります。


今回も、泣いて、苦笑いを浮かべて、少し復活しました。


たまには必要なんですね、「泣く」って






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